ファンだからこそ怒ります

今回のことで少しだけ言及させて下さい。

 
 18歳から20歳の間は微妙な時期です。まわりを見渡せば当たり前なこともたくさんあるでしょう。toumaも18歳なら飲酒はしてました。でもそれは出るところに出れば明確な法令違反でした。大学の新入生歓迎コンパでは18歳の新人がコンパにデビューします。体育会の部活では顧問の先生やOBが参加します。当然未成年と分かっていてビールを注ぎます。こんな光景はあたりまえのことです。でも出るところに出ればそれは明確な法令違反です。

 
 飲酒・喫煙は20歳から。


 これは社会が決めたルールであり、国民の代表の集まりである国会で決められた法律です。だから守られなければ罰せられます。法律と現実にズレが生じることはありますし、社会通念上の常識と多少異なるケースもあります。上記の飲酒なんかはその典型でしょう。高校卒業後はなんとなく飲酒に寛容なのが大多数の日本人の意識ではあります。しかし同時に20歳以下の飲酒・喫煙を禁じる法律に関しても大多数の国民の同意を得ていることも事実であります。
 一口に大人といっても、上は100歳以上から下は20歳までと幅広い層がいます。世代間の考えに様々な格差があるのは当然ですが、こと飲酒・喫煙に関しておかしいからもっと年齢を下げろという議論はあまりされていないのが現状です。つまり大多数の人達の同意が成されているルールであるのです。
 その同意を破れば社会的に批判されることは当然のことです。タレントだから大々的に取り上げられて可哀想だというのは間違っています。なぜならタレントというのは不特定多数の人達の好意や支持の上に成り立っている職業なのですから、人並み以上に社会的存在であることを自覚しなければなりません。人並み以上に厳格にルールが適用されることがままあることを自覚しなければなりません。そしてそうした自覚が持てないのならばその世界で生きていくことは出来ないのです。
 浮き沈みの激しい世界なのですからより世間が何を求めているのか、自分がどう見られてどう思われているのかを察知する能力がなければ活動できないでしょう。もしもその能力がなければ芸能界を辞めたほうが本人のためです。どんなに歌や演技の才能があっても結局は先細りになってしまうのですから。早いうちならやり直せますからね。厳しいようでもそれが結局は本人のためになるのです。

 
 あいぼんには素晴らしい才能があります。歌もダンスも演技もピカイチです。何よりも『愛される』という才能を人一倍持っています。toumaは100万人に一人の稀有なものだと思っています。彼女に匹敵する『愛される』才能の持ち主はののさんしかいません。そんな二人が同じ時代の同じ国で同じグループに同じ時期に入ってきたことが奇跡なのです。二人がWとしてペアを組んだことも奇跡なのです。
 でもその才能も危機を察知する能力が欠如していては活かすことはできません。自分を客観視して、自分が置かれている立場を自覚することも一つの能力であり、それが無ければどんなに才能があっても身を滅ぼしてしまうのです。あいぼんの眩いばかりの才能に目を奪われてそうした部分の不足を周りの大人達も気付いてあげられなかったのかもしれませんね。こうした能力は生まれつきや経験というよりも自覚をするということから育まれていくものです。自分がどれだけたくさんの人達の思いを背負っているのかを自覚していれば自ずと行動の指針ができるはずです。残念ながらその自覚があいぼんには不足していたのでしょう。これは周りが何を言っても本人が自覚しなければ決して身に付かないことですからね。
 今回の謹慎は一度原点に返って自分が何をしたいのか、何が大切なのかを見つめ直すいい機会です。よく考えて、よく話し合って将来のことを考えて欲しいと願っています。


 あいぼんが大好きだし、辛いときや嫌なことがあったときもあいぼんの笑顔で元気をもらったことを決して忘れません。これかもずっとずっと応援していくし、ずっとずっと大好きです。それはタレントとしてではなく一人の人間、一人の女の子としてのあいぼんを応援していくということです。
 だからこそ今回のことは本気で怒っています。『このバカチンが!』とひっぱたいてやりたいです。そして一緒に泣いてあげたいです。いっぱいいっぱい泣いて、泣きつかれたら、次はまた一緒に頑張ってあげたいです。これからもずっとずっと応援していきますよ。そしてまた何か間違ったことをしたらいっぱいいっぱい怒ってあげますよ。そしてまた応援していきますよ。それがファンってものじゃないですか。